| 鎮座地 |
〒294-0233 千葉県館山市大神宮589 旧安房国 安房郡  |
| 電話 |
0470-28-0034 http://awajinjya.org/ |
| 旧社格等 |
官幣大社 (現別表神社)
安房國一の宮
式内社 安房國安房郡 安房坐神社 名神大 月次新嘗
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| 御祭神 |
・天太玉命
(配祀)・天比理刀咩命 |
| 御由緒 |
安房の国一の宮安房神社略記
御本社御祭神(上の宮)日本産業総祖神・天太玉命、相殿后神・天比理刀咩命
御摂社御祭神(下の宮)房総開拓の祖神・天富命(天太玉命御孫神)、日本武道祖神・天忍日命(天太玉命御弟神)
由緒・神徳
房総半島の南端神戸郷に静まり座す旧官幣大社安房神社は、天太玉命を主祭神に天比理刀咩命を配祀として奉斎し、摂社下の宮に天富命をまつる。
延喜の制には名神大社に列せられ、安房全域を神都として有した全国屈指の名社である。本社の主祭神天太玉命は中臣氏の祖神天児屋根命と相並んで
天照皇大神の側近に重臣として奉仕し、政治・祭祀・農漁業・建築・金属工業等、諸産業の祖神を統率された大力無双の神に坐す。
天照皇大神が天石窟に御幽居あらせられた時には、大神の出御に大功を顕わされた。
房総開拓の神として下の宮に祀らるる天富命は、天太玉命の御孫にあたらせられ神武天皇の重臣に坐す。
天富命は、勅命を体して四国阿波国忌部族の一部を割いて海路東方に沃土を求められ、最初に占拠されたのが房総半島の南端、即ち現在の安房神社の鎮座地であって茲に本拠地を定めて祖神天太玉命の社を建てた後、次第に上総・下総に進み房総半島に麻穀を播殖しその産業地域をひろめられたのである。
安房神社の御祭神は、日本産業の総祖神として崇められ更に現在では交通安全、厄除開運家内安全、商売繁昌等、関東地方随一の神社として信仰が厚い。
置炭・粥占神事(一月十四・十五日)
一月十四日の夜、忌火をきり正月に用いた門松の松材で粥を炊き、その薪が燃えつきる頃おきを十二本取り出して並べ、その炭の色によって神主がその年の
一月から十二月の天候を占定する。
粥がにえる頃、すのこ状に編んだ十二本の葦の筒を鍋に入れ、そのまま一晩置いて、翌十五日朝、鍋から取り出し神前に供し祭典の後、神主がその葦の筒を
一本ずつ小刀で割り、中の粥の入り具合や色つやにより米、麦、野菜等農作物の豊凶を占定する。
この神事は宝暦年間の神社旧記にも見られ古くからの神事である事がわかる。
宝物狛犬
文永元年(一二六四年)、日蓮上人四十二才の厄年に一週間安房神社にお篭りになり兀々坐定して刀を振って狛犬を彫刻せられ、誓願成就の御礼の意味にて奉納されたものである。
以上 (平成祭りデータ)
由緒・神徳
「古語拾遺]や「先代旧事本紀」といった 書物によれば、安房神社の始まりは二六六〇年以上前にさかのぼるという。現在 下の宮に祀られている天富命は、神武天皇の勅命により四国・阿波徳島の忌部一族を率い肥沃な土地を求めて旅立つこととなり、海路黒潮にのり房総南端のこの地に到着した。そして上総・下総に進み麻 や穀(紙の原料)といった植物を播殖して、その産業地域を広げていった。開拓を終えた天富命は、無事成し遂げられたのも祖先の御加護によるものだと考え、祖父 にあたる天太玉命をお祀りして、祖先の恵みに感謝したのである。
「安房忌部家系之図」によれば、元正天皇の養老元年(七一七)に現在の場所へと 天太玉命を奉斎し、同時に天富命も下の宮に祀ったという。
上の宮の御祭神である天太玉命は、天照大神のそば近く重臣として奉仕し、天照大神が天岩戸にお隠れになった時には、 中臣氏の祖神・天児屋根命とともに大神 の出御のために活躍した神である。また子孫にものを作る技術に長けた神が多くいたことから、産業の総祖神としてその神徳を世に顕わしている。
現在は安房全域をはじめ上総・下総・ 関東地方の信仰を集めており、交通安全・ 厄除開運・家内安全・商売繁盛などを願う人々がこの地を訪れている。
(神社パンフレットより抜粋)
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| 参拝月日 |
05/22/2009 |